0か1かで考える人は、最後に0になって退場する
写真展が近づいてます。東京カメラ部のヒカリエ合同展ですね。今や写真業界最大のお祭りの一つになってきてるように思います。メーカーや地方公共団体の出展も多い。もちろんトークイベントもあります。僕はいつものニコンさん(ありがとうございます!)に加えて、今年は三脚のレオフォトさん、それから関西大学と早稲田大学のコラボブースがエプソンさんの全面バックアップで出ることになりました。それぞれでトークするので、みなさんぜひヒカリエ来てくださいね。
で、そう、写真展が近づくと、いつもと違う行動が一つ増えます。過去の写真データを大量に見返すんですよね。いろんなトークだったり展示だったりに使うために、この二、三年くらいの過去データ見るじゃないですか。すると、「あれ、俺こんなん撮ってたっけ?」みたいな写真に割と頻繁に当たります。そしてそれがまた良いんすよ。その時全然見えてなかった良さが、改めて見直して気づくみたいな。
これ、写真をやっている人なら、たぶん皆さん経験あるんちゃうかなと思ってます。そして毎回、同じことを思うんですよね。あのとき僕は、なんでこの写真をスルーしたんだろう?って。つまりその時の僕は「これは無しだ」と判断したわけです。ああもったいない。危うくデータの海の中に、いい写真を沈めてしまうところだった。間一髪。でもまだまだ僕がスルーした写真って、山のようにあると思うんですよね。大量のデータを前にすると丁寧さが失われて、判断が二値化する。
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- それには名前がついている
- 理由その1:そもそも1が滅多に来ない
- 理由その2:基準が勝手に上がっていく
- 理由その3:0の期間を生き抜けない
- 0.2を、ちゃんと0.2として見られるか
- 壺を100個つくる
- 波にさらわれる名前
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