0か1かで考える人は、最後に0になって退場する

いわゆる「認知の歪み」の話なんですが、今では有名な話も自分のこととなるとなかなか見えてこないもんです。今日はオールオアナッシング思考のデンジャラスな性質について書いております。
別所隆弘 2026.09.11
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写真展が近づいてます。東京カメラ部のヒカリエ合同展ですね。今や写真業界最大のお祭りの一つになってきてるように思います。メーカーや地方公共団体の出展も多い。もちろんトークイベントもあります。僕はいつものニコンさん(ありがとうございます!)に加えて、今年は三脚のレオフォトさん、それから関西大学と早稲田大学のコラボブースがエプソンさんの全面バックアップで出ることになりました。それぞれでトークするので、みなさんぜひヒカリエ来てくださいね。

で、そう、写真展が近づくと、いつもと違う行動が一つ増えます。過去の写真データを大量に見返すんですよね。いろんなトークだったり展示だったりに使うために、この二、三年くらいの過去データ見るじゃないですか。すると、「あれ、俺こんなん撮ってたっけ?」みたいな写真に割と頻繁に当たります。そしてそれがまた良いんすよ。その時全然見えてなかった良さが、改めて見直して気づくみたいな。

これ、写真をやっている人なら、たぶん皆さん経験あるんちゃうかなと思ってます。そして毎回、同じことを思うんですよね。あのとき僕は、なんでこの写真をスルーしたんだろう?って。つまりその時の僕は「これは無しだ」と判断したわけです。ああもったいない。危うくデータの海の中に、いい写真を沈めてしまうところだった。間一髪。でもまだまだ僕がスルーした写真って、山のようにあると思うんですよね。大量のデータを前にすると丁寧さが失われて、判断が二値化する。

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  • それには名前がついている
  • 理由その1:そもそも1が滅多に来ない
  • 理由その2:基準が勝手に上がっていく
  • 理由その3:0の期間を生き抜けない
  • 0.2を、ちゃんと0.2として見られるか
  • 壺を100個つくる
  • 波にさらわれる名前

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